あきこちゃんからの手紙
職場復帰での1週間を終えました。
課の人も、役場のみんなもいい人ばかりで、
すんなり溶け込むことが出来ています。
復帰した課は、住民課。休職前と同じ課です。
仕事をしていても、
まだふわふわと雲の上を歩いているみたいに心もとないところもありますが、
周りに助けられながら、なんとかやっています。
周りがいい人ばかりで、反対に不安になります。
今まで人の悪いところしか見えていなかったのに、
今は良いところしか見えないのです。
前みたいに、人のあら探しばかりしてしまったらどうしよう、
前みたいにギスギスした競争心が芽生えてしまったらどうしようと、
それが不安なのです。
ぶつかることもあるかもしれませんが、
この良い関係が崩れてしまいやしないか、
と臆病になってしまいそうではありますが、
いつも本音で一生懸命忘れずにやっていきたいです。
今、親との同居ですが、毎日ストレスがたまります。
悪気はないのでしょうが、
親にとってはわたしは5歳の子供のようなもので、
日常生活のこまごまとしたことにいちいち口を出してきます。
歯ブラシ1本、靴下1足私が探し始めただけで、上を下への大騒ぎです。
母と一緒に居ると、自分がどんどん子供になっていくのが分かります。
父は食べ物の話ばかりします。
私が摂食障害で苦しんできたことが、良く分かっていないみたいです。
よくそんな話題を振れるものだと憤りを感じます。
私が食べるものにもいちいち干渉してきます。
話したくないから黙っていると、話かけてきて、
無理にでも笑わせようとするので、あまり落ち着けません。
あまり無愛想なのも悪いかなぁと思いますし、
両親とも良かれと思ってしてはいるのでしょうけど。
両親に対しての鬱憤がたまったとき、私は同居4日目ぐらいで姉にぶりまけました。
姉は穏やかに話を聞いてくれました、
(あぁ、自分はこんな姉を憎んでいたなんて・・・・・・)
姉の懐の深さを感じて頭が下がりました。
卒業するときに、なのはなのお父さんから、
「出来るだけ早く1人暮らしを始めなさい」
とアドバイスを受けました。
実は今さっき賃貸契約を結んで、近いうちに引っ越すことにしました。
休職中、私の確定申告など、なにかと世話をし続けてくださった上司がいて、
今回の部屋探しも、その方の伝手で無事完了することが出来たのです。
ちょっと話がそれますが、この部屋がものすごく凄い部屋で、
見た瞬間、
(借りるのやめようか)
そう思いました。あまりにも贅沢なので。
2LDK、風呂トイレ付き、キッチンもリビングも6畳くらいあります。
押し入れも1畳、玄関には靴箱。
今年の3月に出来たばかりでピカピカのフローリングです。
部屋を見に行った時、興奮しっぱなしでした。
私1人で住むなんてあまりに贅沢すぎます。
2段ベッドを運び込んだら、9人くらいはギュギュウ詰めで住めそうです。
私は6畳一間で、バス・トイレ共同のような、
こざっぱりしたような所を探していたので、
そのギャップに実は今もかなり戸惑っています。
4つある部屋のうち、3つはすでに埋まっていて、
(これも運と縁だなぁ)
と思いました。
私の住んでいる町は、学生街でもなく、住むアパートもあまりないので、
迷いはしましたが、ここにしました。
上司の人柄と人脈のお陰だなぁと思いました。
引っ越しの手続きも、
ひとつひとつこなしていくことを考えただけで気が遠くなりそうですが、
これも自分の成長のステップなんだと思って、
しっかりやっていきたいと思います。
土曜日に県立図書館に遊びに行ったら、
演劇フェスティバルのポスターが貼ってありました。
演劇ワークショップがあるみたいで、参加しようと思っています。
うり太郎のことを思い出して、楽しくなりました。
卒業してたった1週間しか経っていませんが、毎日迷うことの連続です。
毎日、神様に試されているのかなと思うような場面にも出くわします。
同僚が他人のうわさ話をしているときや、
鉄道の窓口で駅員を怒鳴りつける場面に出くわしてしまった時など。
意地悪な場面にたくさん出くわしてしまいます。
そういうとき私は胸がドキドキしてしまいます。
「なのはなのみんななら、こんなときどうするかな」
「お父さん、お母さんならどうするだろうか」
そう考えて、自分の考えが正しくいられるようにしています。
ちょっと話がそれますが、
私の部屋は、帰宅して気づいたのですが、ものすごく物が多いです。
物を買おうとする自分に気づいたときにも、なのはなの教えを思い出します。
「人間は、畳一畳分の広さで生きていけるのだ」
洋服も、テレビも本当は要らないんだなぁと思うと落ち着きます。
考えてみたら、1年間とくに買い物なんかせずに暮らしたんだから、
なにも 買い足さなくてもしばらくはやっていけるのです。
7日に愛の村コンサートに行こうかなとも思っていましたが、ちょうどその日に契約でした。
みんながコンサートで頑張っているから、私も契約で頑張りましたよ。
役場での仕事は、同僚達がいつも助けてくれます。
意地悪な空気を感じるときがあると、さっきは書きましたが、
本当はみんな良い人たちばかりです。
事務をしていて不安になるときもありますが
、どれひとつ流すことなく、確実に学びながらやっていきたいです。
これから1人暮らしです。
大学時代1人暮らしをやったことはありますが、
社会人としての1人暮らしは重みが全然違います。
変な商売にだまされたりしないように、
近隣のルールにはちゃんと従うように、
1人前の人間としてやっていかなければなりません。
立派な人間として、なのはなの子として、強く優しく成長していきたいです、
自分の報告ばかりになってすみません。
みんなの優しさやパワーが、徳島にもいっぱい届いているのを感じます。
近いうちに、またなのはなファミリーにも帰ってきたいものです。
みんなも頑張ってね。
お父さん、お母さん、いつも心配かけてばかりの私ですが、なんとかやってみます。
また、色々相談させてくださいね。でわ。
あきこ
| 5月に行われた、゛あきこちゃんを送る会゛で、うり太郎劇団のみんなで、 「鉄腕あき子」という劇を上映しました。 あきこちゃんは、なのはなにいる間、 ゛うり太郎劇団゛の一員として活躍していました。 劇の中で、あきこちゃん自身によってユーモアたっぷりに演じられていた 主人公の゛ロボットあき子゛は、 あき子を作った゛博士゛の手によって、 間違ったプログラミングが施されているという設定でした。 不具合を直すためにやってきた゛なのはな修理工場゛の生活の中でも、 鉄腕あき子は、周りにそぐわない、不自然な行動ばかりを繰り返します。 そしてその事にイライラし、自分自身が傷つき、 やがては消耗していきます。 それは゛なのはなファミリー゛に来てからの、かうてのあきこちゃんであり、 あき子ちゃんが実際になのはなの生活で経てきた過程そのものでした。 劇の中では、゛競争社会で生き抜くための処世術゛とされるプログラミングは、 実際のなのはなでのあき子ちゃんにとっては、゛仮面゛そのものでした。 人と比べ、人に合わせず、全てを゛偽りのまま゛でなんとかやり過ごそうとする・・・。 その象徴の一つが、アセスメントや楽器演奏などでの゛作り笑顔゛でした。 そんな重たい仮面をかぶり続けるのに、 1年近くを゛偽りのまま゛で過ごすことに、 あき子ちゃんの心は揺れ動きました。 「ありのままのあき子でいい。やりたくなければ作業にも出なくていい。 笑いたくなければ無理して笑わなくてもいい」 なのはなのお父さんにそう言われたときに、あきこちゃんはしつこく確認しました。 「本当にそうしても良いんですね?本当にいいんですね?」 そんな事は今までのあきこちゃんにとってははあり得ない事でした。 それからの、なのはなファミリーでのあき子ちゃんの約2ヶ月の生活が、 あき子ちゃんに取っての゛本当のスタート゛になりました それまでの期間は、そうなる為にどうしても必要な、 大切な、 ゛準備期間゛だったのです。 「無理して取り繕う事をやめたら、気持ちがすごく楽になった。 そうしたら自然に笑えるようになった」 劇の中で鉄腕あき子はそう言います。 4月に行われたマラソン大会では、誰かと競争することをやめ、 自分のためだけに、自分のプライドにかけて走り抜け、 その喜びを身体で感じることが出来ました。 「鉄腕あき子」は、あきこちゃんへの実際のインタビューや、 マラソン大会の感想文を元にして、台本が作られたものです。 「私、自分が回復出来るなんて信じられなかった。 でも皆が後押ししてくれて、盛り立ててくれたおかげで、 こうして回復することが出来ました。ありがとう。 私はなのはなで教えてもらった優しさや強さ、 そして信じる心を忘れずに、 外でも頑張ります。」 そんな鉄腕あき子の、あきこちゃん自身の言葉は、 私たちの胸に、深く刻み込まれました。 山小屋から旅立つあきこちゃんを、私たち家族は笑顔で見送りました。 「また帰ってきてね、あきちゃん。私たちはずっとずっと家族だよ!」 |