すべてを受け止めて

 津山加茂郷マラソン大会翌日のスプリングコンサート。
 私にとって、本番も含めてそれまでの全ての過程がとても楽しくて、大切なものとなりました。
 その過程の1つとして、大きな経験となったのが、ステージ作りです。
 設計上は、新春コンサートの時と同じステージ。
けれどそれを作り上げる過程は全く別のもので、感じた気持ちも全く違うものでした。

・責任者の1人として

 
前回も、土木でステージ作りを担当しました。
 私は経験者の1人として、前回の過程を思い出しながら、ステージの組み立て図を描きました。
 今回のステージ作りにおいて、私にはある確信がありました。
(いつでも、どんなことでも、私に出来ることを探そう。自分の役割は自分で見つける。そうすれば、もっともっと楽しめるはず)
 その気持ちは、なのはなファミリーで生活する中で、みんなのことを知って好きになる度に強くなっていた思いでした。
 組み立て図を描き終え、夕食後に土木のみんなに集まってもらって、ステージ作りの説明をしました。
 私のつたない説明を、土木のみんなは真剣に聞いてくれました。
(誰1人として、これからやる作業について解らない人がいてはいけない、その為にも全力で伝えなくては)
 と思いました。
 その時に、私はみんなの存在を大きく感じました。
 説明しながら言葉に詰まってしまい、ふと顔を上げてみんなを見た瞬間。
 みんな上手く説明できない私を責めるのではなく、自分のこととして考えてくれていたのです。
 それだけで、私は胸がいっぱいになりました。
(私は、もう1人で頑張ろうとしなくていい。出来る振りもしなくていい。出来ない自分を全部さらけ出しても、みんなは受け止めてくれるから、もう何も心配しないで思いっきり取り組もう)
 心が、ふっと軽くなりました。それまで、
(私以外にも、前回ステージを作った子は何人かいるのに……)
 と周りに求める気持ちからくる迷いがありました。
 でも今回のステージ作りで、私はその気持ちを根元からキッパリと捨てることが出来ました。
 人に求めなくても、大好きななのはなファミリーに向けて、自分の出来ることを自分が誇りを持って尽くせたらそれでいいと思えたからです。
 軽くなったのは心だけではありませんでした。

・身体を使って作業する

 段取りが決まり、いよいよステージ作りが始まりました。
 以前は、重いものを運んだり身体を使う作業が極端に苦手で、疲れてしまうことを恐れていた私。
 けれど、今回のステージ作りでは、身体を使って作業することを心から楽しめました。
 重い鉄パイプや、ベニヤ板を運ぶ時でも、ステージ作りを成功させるために少しでも力になろうと思ってやると、自然に力が湧いてきました。
 ここに来たばかりの頃は全く動かなかった身体を、自分の思うように自由に使えることを心から嬉しく感じました。
 鉄パイプを組む作業では、私達は大きな失敗をしてしまいました。
 以前、お父さんとみんなで作ったタイヤ打ちのバッティングマシーンが、ステージの範囲内に入ってしまっていることに気が付いていなかったのです。
 気が付いた時には、ほぼ鉄パイプは組み終えていました。
 みんなに作業の手を止めてもらい、1度集合してバッティングマシーンのことを告げました。
 申し訳ない気持ちで一杯でした。
 ちゃんと見ていれば、すぐに気づくこと。
 結局、バッティングマシーンを根元から切ってしまうことになってしまいました。
 私は気が緩んでいたのです。
(目の前のことにちゃんと向き合っていなかった為に、見ていなかった)
そんな自分の気持ちの無責任さや傲慢さに気付き、とても申し訳なく思いました。
 その日の夜、土木で話し合いをしました。
「まだまだみんなの気持ちがバラバラで、お互いが人の作業を見ることができていない。みんなで作り上げるステージなのだから、どんな小さな失敗も疑問も、他人事にしないで確認しあっていこう」
 みんなでもう1度、気持ちを1つにしました。
 私はみんなに誓って、もうずさんな気持ちは捨てようと心に決めました。
 
・クリアな気持ちに

 
翌日の作業では、上段のパイプを組み始めました。
 前日の話し合いもあり、空気が変わりました。
 何より私自身の気持ちが全く違っていました。
 他の子の作業を意識して見て、どんな意図でやっているのか理解しようとすることで、自分の気持ちがクリアになっていくのを感じました。
(私は1度ステージを作った事があるから……)
 どこかそんな偉そうな気持ちを抱いていた自分を捨て、みんなと同じ目線で一緒に作業することで、何が必要で何が必要でないかを1つ1つ自分の中で整理できていくのを感じました。
 ステージ作りという作業がとても楽しくなったのです。
 どんな時もみんなと支え合っていくのだと感じました。
 みんなが私を引っ張ってくれたのです。
 ステージ作り最後の日は、土木部に加えて建築部のみんなと一緒に作業をすることが出来ました。
 人数が増えても、作っているみんなの気持ちがバラバラになることは全くありませんでした。
 なのはなのみんなはどんな時でも一緒の気持ちなのだと感じました。
 作業の合間に、何人か交代でマラソン練習に行きました。
 私は夕方、1番最後に走りに行きました。
 走り終え、はやる気持ちを抑えきれず山小屋までの坂道を駆けあがると、目の前には、完成してブルーシートを張られたステージがありました。
 出来上がったステージをバックに、作ったみんなで写真を撮りました。
 その時みんなが、
「そらちゃん!」
 と私を引っ張ってくれました。
 私はステージが完成した嬉しさと恥ずかしさで胸が一杯になりました。
 その日の夕食の席で、コンサート当日は雨になり、ステージは使えないかもしれないという話を聞きました。
 けれど、私は全く悲しさなど感じませんでした。
 お父さんが言ってくれた通り、
「ステージは作る事に意義がある」
 そう心から思えたからです。

・かけがえのない宝物

 みんなと作り上げた過程と、その中で感じたさまざまな感情があったから、私はもう既にかけがえのない宝物をもらっていたのです。
 今の自分にとって1番大切なのは、評価だとか結果ではなく、常に私を支えてくれるみんなの存在なのだと気付く事が出来ました。
 ウリ太郎劇団では、新しくこうちゃん、まりかちゃん、さとみちゃん、ゆうきちゃん、かにちゃんの5人がメンバーに入り、総勢11人での劇となりました。
 今回はシーン別のパート練習などもやり、限られた時間の中でもみんなでより良くしていこうと、合間を見つけてはみんなで集まって練習しました。
 私は今回、自分の演じる役になりきることを意識して練習しました。
(この台詞はどういう気持ちで言うものなんだろう、こんな時この役だったらどういう動きをするだろうか……)
 みんなで演じながら様々な動きを付けていく練習の時間が、私は楽しくてたまりませんでした。
 劇をする度に息が合って、練習から気持ちが上がっていきました。
 ウリ太郎劇団の練習を通しても、自分の気持ちががどんどん目の前のことに対して真っ直ぐになり、感覚がクリアになっていくのを感じました。
 劇でその役になりきることは、人の立場に立ってものを考えるということと同じだと感じました。
 役についてのイメージを膨らませ、みんなの前で演じることで、自分の気持ちを見つめることが出来ました。
コンサート準備にマラソン練習、音楽練習と充実していました。
 個人での楽器練習でも、1回1回の練習で少しずつでも、確実に自信とイメージが積み上がっていくのを感じました。
 1日の中で、1人で本を読んだり日記を書いたりする時間が全くないのですが、自分にとってそのことが嬉しく感じられました。
 むしろ、みんなとの準備も練習も、全てが「自分のこと」だったから、それ以外に何も求めずに、100%楽しめました。
 他の係の担当のみんなとも場所も作業も違うけれど、同じ1つの目的、
(みんなと一つになって、コンサートを成功させたい)
 という思いで繋がっていることを感じました。
 そして、他の誰でもなく、私自身の心がそう求めていました。
 
・自分をさらけ出す

 
本番当日は、前日のまでの雨の予報が嘘の様に晴れ、私は神様が味方してくれたのだと嬉しく思いました。
 スプリングコンサートはあっという間でした。
 失敗したらどうしようとか、かっこ悪いから全力を出さないでおこう、という気持ちを全て捨て去りました。
 捨て去った、と言うよりむしろ、全力を出し切り、自分のすべてをさらけ出すことは、何よりも気高く強いことなのだと信じることが出来たと言った方が適切かもしれません。
 合唱も楽器演奏も、劇もダンスも強い気持ちで最後まで表現し続けることができました。
 どの瞬間も楽しくて仕方ありませんでした。
 喜びも、苦しさも、本番までの過程で感じてきた気持ちを全て受け止めて、自分の全力を尽くせたからです。
 演奏を聴いて下さった方々にも、私たちの思いが伝わったのを実感しました。
 今まで失敗も成功も、きちんと受け止められなかった私。
 けれど、今回のスプリングコンサートは大成功としか思えません。
 伝えたい思いがあってベストを尽くし、伝わった。
 これ以上の成功はありません。
 自分だけの独りよがりな満足ではなく、みんなの成功が自分の成功なのだと感じられた大切な節目となりました。
 
・大きな自信に

 
なのはなファミリーの家族でいられることが、私自身の誇りです。
 みんなの存在が、私の誇りです。
 何が出来ようと出来まいと、なのはなの家族である私は、もう自分1人にこだわって本心を隠したり、苦しんで生きる必要はないのです。
 その思いは、スプリングコンサートの過程の中ではっきりとした確信に変わり、私の大きな自信となりました。
 私は今心から、自由を感じています。
 1人で生きていくことが自立だと思っていた私はここに来て、そうではないことを教えて貰いました。
 自分の中に軸を持ち、同じ志を持つ仲間と共に歩いていく未来に、無限の希望を持っています。
 スプリングコンサートは1つの通過点であり、ゴールではありません。
 まだまだ未熟過ぎる自分だけれど、もう臆病にならないで前進していける、受け止めてくれる心の家族がいるからどんな道も怖くないと気付かせてくれた、宝物のような経験です。
 みんなと作り上げた過程を経て、いつでもプレイヤーとして真っ直ぐに思いを向けていれば、どんなことでも楽しんでいけると確信することが出来ました。
 どんな時でも「より良く生きたい」という思いを忘れずにもっともっと成長していきたいです。