大きな成功体験 


 私は、今回のスプリングコンサートで、今まで以上にみんなで作り上げたという達成感を感じました。
 飾り、看板、音楽・配線、受付、うり太郎、ダンス。それぞれの係が、同じ係のメンバーと試行錯誤してよりよいものを作ろうとしている姿を、実行委員の立場から感じることができました。
 今回、あゆみちゃん、れいなちゃんと実行委員をやらせてもらいました。
 スプリングコンサートまでの過程を通して、固い頭が少しでも柔らかくなることが目標でした。
 始めにテーマを決めたとき、「可能性」という言葉を取り入れました。
 しかし、お父さん、お母さんに見ていただいたとき、
「抽象的すぎる。あと10日のことなのにテーマが全く噛み合っていない。もっとわかりやすい方がいいよ」
 と言われました。
 自分の頭の固さを痛感しました。
 決まったテーマは、「マラソンあるけど親をあっと驚かせよう」というものでした。
 難しく抽象的なものよりよっぽどわかりやすくて、やる気がでるテーマだと思いました。いつもお父さんが言われているけれど、どんな時でも具体的に考えるのが大事なのだと改めて感じました。
 私は実行委員として、あまり忙しさを感じませんでした。
 それは良い理由と悪い理由があると思います。
 良かったのは楽器演奏係を設けたことで、音楽練習の予定や楽器の配置、配線などの仕事を分担できたことです。
 実行委員が何から何まで動くのではなく、全体の把握をして、みんなが動きやすいように段取りするのが仕事だということをお母さんに教えてもらいました。
 みんなの仕事を上手く分担できたと思います。
 反省すべきことは、他の実行委員の子に頼ってしまったことです。
 特にあゆみちゃんは新春コンサートの実行委員もしていて要領がよくて、色々なことに気が回っていました。
 私はそのペースについていけなくなり、自分の役割を見失ってしまいました。
(あゆみちゃんと同じことをする必要はない。自分がやるべきことを精一杯やるんだ)
 と思ってはいたものの、頭が回らないこと、気が届かないことに卑屈になっている自分がいました。
 今考えると、
(もっと私らしい動きをすることができたんじゃないか。協力することができたんじゃないか)
 と少し悔しい気持ちがあります。
 準備の段階で印象に残っているのは、看板についての話です。
 
・雰囲気作り

 最初、看板を頼んだときに、係の人に
「前回と同じ感じでいいでしょ」
 と言われ、私は少しいらっとしました。
 実行委員の中で話をして、
「新春コンサートの看板はいまひとつインパクトに欠けていたので、今回はもっとかわいい感じの目立つものを作ってほしい」
 と依頼しました。
 1つの係でも適当に済ませようとする係があることが許せませんでした。
 それは他の実行委員の子も同じで、みんなで良いコンサートを作り上げている雰囲気を作りたい、という気持ちを共感することができました。
 私達は看板係と、新春コンサートの写真を見ながら、どこに看板を設置するか、サイズはどうするか、強度を保つにはどうしたらいいか、など一緒になって考えました。
 言葉では簡単に言っても、作る側にはいろんな問題点があり、難しいことがわかりました。
 私は、実際に作る人の気持ちを考えずに、無責任な発言をしてしまったことを恥ずかしく思いました。
 それでも、どういうものをつくってほしいのか、みんなで共通のイメージを持つために、自分の気持ちを伝えるのはとても大事なことだと思いました。
 看板係の人を困らせてしまったりもしたけれど、いい看板ができ、とても嬉しかったです。
 あゆみちゃん、れいなちゃんと実行委員をすることができてとても嬉しかったです。
 リーダシップのとりかたや、各係と密に連絡をとりあったり、コンサートまでの予定の立て方など、たくさん学ぶことができました。
 大がかりなことよりも細かなディテールが大変であり、やりがいのあることだと思いました。
 
・臨機応変に

 また、今回は天気予報が次々に変わり、山小屋からアリーナ、アリーナから山小屋と2度の会場の変更がありました。
 山小屋からアリーナになった時、はじめに決めていたリハーサルの流れや本番の進行が予定通りにいかなくなることがわかって、上手く頭を対応させることができませんでした。
 面倒だな、とも思いました。 でも、あゆみちゃんの、
「これはきっと頭を柔らかくするチャンスだよ。このピンチを一緒に楽しもう」
 という言葉を聞いて私は勇気をもらいました。
 そのころ、迫ってくるマラソン大会に緊張を感じていたせいもあり、焦りが何倍にもふくれ上がってしまったのです。
 あゆみちゃんの言葉で冷静さを取り戻し、アリーナで行う方向に頭を切り替えました。
 アリーナは広くて移動しやすいし、マイクの数も少なくてすむ。
 ダンスもしやすい。
 お客さんも色々な角度からみんなの演奏を見ることができる。
 など、メリットを探せばいくらでも出てくるのです。
 どうするのが1番いいのか考えて、いい状態をつくることも大事だとは思うのですが、どんな状況でも柔軟に対応して、良いところを見つけて楽しむことも大事なことだと思いました。
 マラソンが終わってから再び山小屋でやることになった時、その変更を楽しんでいる自分がいました。
 まるで天気に遊ばれているようでした。
 しかし、私はその天気に、
「柔らかくなれよ」
 と応援されている気分でした。
 あと、今回実行委員と各係の縦の連携、係同士の横の連携が、結構とれていたように思いました。

・連携を取る

 飾り、看板、受付に統一感が感じられました。
 必要なものや、必要な時間を早めに確保することができ、最後の最後で焦ることはなかったのは良かったことだと思います。
 また、私は個人的になおみちゃんの働きがすごいと思いました。
 なおみちゃんは保護者ミーティングで使うビデオを作る係と、飾り係のリーダーを兼ねていました。
「案を出してまとめる段階が1番大変なんだよねー」
 とため息混じりのなおみちゃんが、どこか楽しそうな笑顔をしていたのが印象的でした。
 みんなの意見を上手くまとめて、仕事を与えて、時間内に形にしてしまう。
 それでいて妥協を許さないなおみちゃんの姿勢がとても格好いいな、と思いました。
ステージ作りには最初のパイプ組みに少し参加しただけでしたが、関われたことを嬉しく思います。
 1段目のパイプ組みの段階で、バッティングマシーンがパイプの中に入っていることに気付くことができませんでした。
 その時の作業に私も加わっていました。
 その後、失敗がわかった時、みんなが、これはみんなの失敗でみんなの責任だと捉えてくれました。
 私は自己評価が低く、失敗があったら自分だけの責任だと思うことが多かったように思います。
 でもその時、私もみんなの失敗として素直に受け入れることができました。
 失敗したのにとても嬉しい気持ちでした。
 
・準備を楽しむ

 スプリングコンサート当日はとても楽しいものでした。前日の夜の準備からずっと楽しかったです。
 私はマラソンの後、病院にいて、お父さんお母さんと夜8時頃に山小屋に帰りました。
 帰りの車の中で、お父さんが、
「よし、明日は予定通り山小屋でやろう」
 と言いました。
 私は正直、
(これからみんな準備するのかぁ。私がマラソンを元気に走り終わってたら、もっと早くにみんな準備始められていたんじゃないか。疲れているだろうな)
 と思いました。
 後から考えると、それは全く余計な気持ちでした。
 その夜は11時頃まで楽器運びや飾りの準備が続けられました。
 私はあまり積極的に動くことはできませんでしが、疲れをせず、楽しそうに準備しているみんなの姿をみて、私は心からほっとして穏やかな気持ちになりました。
楽器演奏では、安定したいい音は出ませんでしたが、そんなことを忘れさせる位楽しいものでした。
 「ZOO」のトランペット。
 トランペットを上げる高さや上げるタイミング、吹いていないときの持ち方をみんなで揃えることにしました。
 「いつも何度でも」のハンドベル。
 身体を揺らしながら、前の人の音に重ねて鳴らすようにしました。
 「島唄」の和太鼓。
 1度も2人の音がずれないように、ドラムとずれないようにすること、サビと最後を盛り上げてみること、外だから大きめの音を出すことを意識しました。
 「風になりたい」のボーカル。
 これは少し抵抗がありました。
 音痴でハリのある声が出ず、声量もなく、人前で歌うのはどうかと思っていました。
 でも、3人で歌ってるんだから声を良く聴いて、恥ずかしがらずに自分の精一杯で歌おうと心掛けました。
 1つ1つは細かいことかもしれないけれど、前回と同じではなく、より良いものを求めている自分に気付きました。
 その気持ちはみんなも同じであることを感じることができました。
 
・1つになれたダンス

 ダンスも練習する度に楽しくなっていきました。
 踊れば踊るほど振りが揃っていないところがわかってきて、練習のやり甲斐がありました。
 確実にみんなの動きと気持ちが揃ってきているのが実感できました。
 本番は思いきり踊ることができました。
 小バンドの演奏。前まで、
(小バンドの人は小バンドの人、自分は小バンドではないから)
 とどこか冷めた気持ちがありました。
 今回のコンサートで演奏を聴いた時、私は心から感動する気持ちを味わいました。
 歌詞が心に響いてきました。
 小バンドの子は伝えたい私の気持ち、みんなの気持ちをしっかりと表現してくれていました。
 恥ずかしい話、私は演奏するしないに関係なく、小バンドの子達と一体になるという感覚をこの時初めて知ることができました。
 スプリングコンサートに私の両親も来ました。
 はっきり言って、初め、私は会いたくありませんでした。
 自分を苦しめた親なんて親じゃない、顔も見たくない、と怒りの気持ちでいっぱいでした。
 演奏中、親が来たとわかった時も目を合わせることはありませんでした。
 その後、休憩時間に親と話をしました。
 私は親と対等である気がしました。
 父も母も1人の人間で、私も1人の人間だと感じました。
 両親は元気そうでした。
 父は体調を崩したけれど今は元気で、家族もみんな元気だと教えてくれました。
 姉の1人は仕事をもち、1人はもうじき結婚する予定だという嬉しい知らせを聞きました。
 私は親に会う前、会うことが怖い気持ちがありました。
(親に会ったら泣き崩れてしまうのではないか。元気な自分の姿を見て欲しい気持ちがあるのではないか。逆に怒りの気持ちが止まらなくなってしまうのではないか)
 と、本当に親の依存が断ち切れているのか確かめられるようで怖かったのです。
 しかし私は、親に会っても冷静でした。
 元気な姿を見ることができてよかったと思います。
 安心した気持ちでした。
 ほんの1言2言話すだけで十分に感じました。
 親が今、人生を楽しんでいるかどうかはわかりません。
 親に変わっていて欲しいという期待もありません。
 ただ、私はいい家族に出会えて今、とても楽しくて幸せなのです。
 そのことを伝えられたことで満足でした。
 
・大きな成功体験

 
スプリングコンサートで、私はたくさんのドラマを作ることができました。
 どこか冷めていた心が温まるのを感じました。
 今まで小さいことだと思って流していた気持ちを1つ1つ心に刻むことができました。
 楽しみ方を知ることができました。
 スプリングコンサートを大きな成功体験として捉え、これから、もっともっとみんなと共感して濃い時間を過ごしていきたいです。