まさこ①
昨日の食事の席で、お父さんから、マイケルジャクソンが亡くなった事を教えてもらいました。
大スターであるマイケルジャクソンは、整形や買い物依存からの行動をおもしろ可笑しくゴシップのネタにされて、常に世界中から好奇の目で見られているという印象でした。
テレビではよく、外出する時に大きなマスクで顔を隠して、パパラッチから逃げるようにしているマイケルジャクソンの姿が流れていました。
私は、
(大スターも大変だな… )
と思いながら、それだけじゃない、彼の人生そのものに大きな黒い影を見て胸が痛くなっていました。
お父さんから、マイケルジャクソンは子供の頃に、父親からひどい暴力を受けていたという事を教えてもらいました。
(嗚呼、そうだったのか…)
と、私は思いました。摂食障害になった私たちの苦しみと、 マイケルジャクソンの苦しみは、根っこでは全く同じだという事も、瞬間的に理解する事ができました。
彼は、幼い頃から大スターとして眩しい光の中で生きてきた様に見えても、その光の強さ以上に、暗くて重たい闇の中でずっとずっと苦しんできたのだと思います。
誰にも理解されないまま、偽りの自分ばかりを求められて、心の中の深い傷が癒されないまま大人になったマイケルジャクソンは、本当の自分が解らなかった。
だから大人になるのが恐ろしくて、手にした膨大な財産や名声を使って、何とかして“永遠の少年”であるピーターパンになろうとしていたのかもしれません。
あと、マイケルジャクソンが、自分の子供に、パパラッチの前では必ずマスクを装着させていたのも、今なら納得できます。
テレビでは、
「小さな子供に、あんなマスクを付けさせて…」
と、強い非難を受けていました。
だけど彼はただ、ひたすらに我が子を守りたかっただけなんだと思います。幼い頃、父親から受けた暴力と、その時に味わったとてつもない恐怖。誰からも守ってもらえなくて、愛してもらえなかったから、その方法が解らなかったのだと思います。
だから、一般的には奇妙に見える行動で、本人はいつも大まじめで生きていて、笑われても、精神異常者扱いされても、何とか自分を保とう、子供を守ろうとしていました。
マイケルジャクソンと私たちの人生は、目に見える部分ではまるで違う所ばかりだけれど、その歴史を照らし合わせた時に、重なる部分が多いのではないかと思います。誰にも理解される事なく、独りぼっちで亡くなっていった彼の人生を思うと、胸が締め付けられました。
こうして書いてみると、どんなに地位や名声や財産を手に入れても、超有名な彼には世界中のファンや友人がいたとも思うけれど、痛み続けてしまった人の苦しみは、そんなものでは救いようのない別の所にあるのだと思いました。
私は、自分の人生がうまくいかないと感じる度に、
(もっと外見が綺麗だったら…もっとお金があったら…遊び仲間がたくさんいたら、どんなに幸せに近づけるだろう)
と思っていた時期がずいぶんと長くありました。
10代の終わりから20代前半までは、もうその考えしかありませんでした。
私は、それを確かめたくて、自分が思い込んだ幸せのカケラを拾い集めるのに必死でした。
症状の波をぬいながら、自分を着飾って、無秩序にお金を稼いで、塵の様な薄汚れた軽い人間関係を作っていきました。
いつも、
(まだ足りない。まだ出来ない。こんなんじゃ私は幸せになんかなれない)
と、常に追い立てられる様な気持ちでした。
空虚感でいっぱいになった心と身体がいつもカラカラに渇いて水を欲しがっていました。
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